COLUMN machimoriのブログ

Interview「おかえり」を言う側になりたかった。私が熱海でお店を開いたわけ

2018.09.03 / 12,278 views

最近、ありがたいことに「熱海が盛り上がっている」と言われることが増えた。その理由としては、熱海で活躍するプレイヤーが増えたということが大きいと思う。
machimoriがプレイヤー育成に力を入れているのも、まちは人が作り上げていくものだと感じているからだ。私たちが運営している創業支援プログラム「99℃ 〜Startup Program for ATAMI2030〜」からも、新たな一歩を踏み出す人たちが生まれている。

そんなプレイヤーたちにインタビューする連載企画。第一回目は熱海銀座通りの「カフェ・バール・クァルト」の店主を務める加藤麻衣さん(34歳/以下、カトマイ)だ。
熱海銀座通りの「シェア店舗RoCA」の一角に、カトマイさんのお店はある。2017年8月にオープンしたクァルトは、早くも熱海銀座の新しい顔として定着した。そんな彼女に、この一年、そしてオープンするまでの道のりについて改めて聞いた。

20歳の頃から自分のお店を持ちたかった


カトマイ
20歳のときにアルバイトをした「セガフレード・ザネッティ・エスプレッソ」の“イタリアン・バール”の形態がすごく衝撃的だったんです。カフェでも喫茶店でもなく、気軽に一日2〜3回立ち寄りたくなる不思議なスタイル。カフェでバイトしようと思った自分には、いい意味でカルチャーショックで。いつかこんなお店を作ってみたいと思いました。 当時、バリスタの仕事はしていたけど、コーヒー豆の知識はなくて。まずは知識を身につけたいと思い、コーヒー豆の焙煎企業に就職しました。

-その企業には10年くらい勤めたんですよね。

カトマイ はい。仕事自体はやりがいがあって楽しかったんです。充実していたからこそ、それなりに満足感もあって。働いていくなかで、自分の店を作りたいという夢もだんだん薄れていったというか、「作りたいけど、できないで終わるんだろうなぁ」と思うようになっていました。

-ではなぜ「お店を作ろう」という決断に至ったんでしょう。

カトマイ 30歳のときにはチームリーダーを任されていて、当時の上司に「今の自分の立場になれるように、いろんな部署を回ってみないか?」と打診されたんです。本来なら嬉しいはずなのに、そのときに「10年以上は辞められない。本当にこれでいいんだろうか…」と悩みはじめたんです。 そんなモヤモヤしているときに、熱海に遊びに来ました。「ゲストハウスMARUYA」ができる直前で、MARUYAで働くスタッフたちが、宿のオープンに向けてとにかく必死に働いていて。みんな余裕がなくて衝突したり、泣いたり、怒ったり。自分より若い子たちがもがいている姿に触発されたんです。「やりたいことをやらずに後悔したくない」と、2泊3日の熱海滞在で会社を辞めることを決めました。

熱海で新しい価値を作れると確信


-そのとき、熱海に来たのは偶然だったんですか?

カトマイ 実は熱海との出会いは26歳のとき。全国のシャッター街や過疎化が問題になって、「地域活性化」が叫ばれるようになっていた頃でした。 仕事で悩んでいた時期でもあって、現状を打開したいという思いから、次世代の起業家型リーダーの育成をしているETICの「地域イノベーター養成アカデミー」に申し込んだんです。 いろんな地域が選べるなかで、熱海を選んだ理由は、コーディネーターをしていたmachimoriの市来広一郎さんの人柄に惹かれたことと、単純に都心から通いやすかったこと。週末に通うとなると、近いほうがいいなって。

-3〜4ヶ月間かけて熱海と関わったとのことですが、その後も熱海には通いつづけていたんですか?

カトマイ 年に1、2回くらいは来ていたかな。でも、何をしに来るわけでもなく、仕事でモヤモヤしていることを話しに来ていた感じです。週末にふらっと来て、熱海の人たちと飲んで、話して、海を散歩して。「あ、もうちょっと頑張ろう」と思える。その頃から、私にとって熱海は前向きになれる場所だったんです。

2015年9月、会社に一年後に辞める旨を説明して、その一年で頻繁に熱海を訪れました。お店を始める目線でまちを歩いたりして、やっぱりここで始めようと決意しました。翌年の11月には、会社を辞めて正式に熱海に引っ越してきました。

-熱海を選んだ決め手は何だったんですか?

カトマイ そもそも、私の実家はたまプラーザという新興住宅地。比較的新しいまちだったこともあって、地方や、都心でも下町エリアなど、コミュニティが残っている土地に憧れがありました。 自分でお店を持つにしても、土地に根ざしたコミュニティがある場所で、地域の拠りどころとしてのお店を作りたいという思いがあったんです。 なかでも熱海を選んだのは、熱海の人たちが好きだったことと、確実に熱海が変わってきている実感があったからです。訪れるたびに若い人が増えて、活気が生まれていた。ここはもっと変わるなっていうワクワク感がありました。

カトマイ 地元や東京の下町、鎌倉なども頭に浮かんだんですけど、熱海ほど“自分がここでお店を持つイメージ”が持てる場所はありませんでした。自分がやりたいことはカフェでも喫茶店でもなく、イタリアン・バール。これだったら既存店との競合にはならないし、むしろ熱海で新しい価値を作れる。地元の人たちも観光客も混じり合う場所を作れるというイメージが持てたんです。

移住して、2ヶ月後に不安がやってきた


-仕事を辞めて引っ越してきて、不安はなかったですか?

カトマイ 移住して2ヶ月くらいはふわふわしていたかな。でも、年明けから焦り始めました。これまで会社が負担してた税金とか保険とか、目をつむりたくなるような金額が引き落とされるんですよ。銀行残高はどんどん減っていくし、「生活するにはお金が必要なんだ」なんて当たり前のことを感じました。 移住直後から、machimoriが運営する創業支援プログラム「99℃」にも参加していたけど、不安や焦りでイライラしていましたね。machimoriのスタッフをはじめ、周りの人たちが応援してくれるのもプレッシャーでした。

カトマイ 99℃の推奨プログラムだった、空き物件をお題に事業を考える「リノベーションスクール」にも参加しました。 お金は減っていくし、お店を始める物件も決まらない。加えて、周囲の応援をプレッシャーに感じていた時期だったこともあり、本心ではしっくり来てなかったのに、「ここで店やります!」 って宣言しちゃったんです。 プレゼン後日、ある人から「周りからの期待やプレッシャーがあるのもよく分かる。だけど、カトマイは本当にそこでやりたいの?」と指摘されて。本当にその通りで、いろんな感情が入り混じって涙が出ました。でも、その一言で初心に戻ろうと思えたんです。

そのときアドバイスをくれた地元の茶田さんは、今でもよき相談相手。オープンしてからほぼ毎日お店に来てくれる常連だ。

 

-お店をオープンするまでは、右往左往する日々だったんですね。

カトマイ 「全部やーめた!」って言いたいときもありました。だけど、そんなときに、99℃の仲間が支えになったんです。彼らは同じタイミングで同じような悩みを抱えているので相談しやすいし、全員とにかく真剣。辛い時期に同じ方向を見る仲間がいてくれたことは、本当にありがたかったです。

初心に戻ろうと思ってからは、開き直りました。周りの期待やまちの課題なども一旦置いておいて、自分が本当にやりたいことに向き合って、ふくれあがったアイデアをそぎ落としていきました。お店に窯焼きピザやパスタがあったらいいかもしれないけど、「あったらいいな」はきりがないし、裏返せば「なくてもいいもの」だったりする。「絶対必要なもの」、「絶対必要だけど、今じゃないもの」、「これはあったらいいだけで、本当はいらないもの」と、ひとつひとつ棚卸しして、自分のやるべきことがシンプルに見えてきたときに、不安がなくなったんです。 99℃やリノベーションスクールで自分を揺さぶってもらったからこそ、軸が明確になりました。苦悩の半年があったからこそ、今があるんじゃないかな。

一年経って見えてきたこととは


-オープンしてからは、苦労や不安はありましたか?

カトマイ 毎朝起きるのはしんどいし、買い出しの荷物が重いな〜とかも思うけど(笑)、カウンターの中に入った瞬間に楽しくなる。準備しているときにスイッチが入るんですよね。一日に何回も足を運んでくれる常連さんもいて、毎日が充実しています。 やるべきことが見えているときは、人間ってあんまり不安にはならないんだと思います。ただ、一年間走ってみて、この3坪弱の小さなスペースでスタートしたからこそ、できることの限界も見えました。今年から来年にかけて、自分やまちの変化とともに、少しずつ変化していきたいと思っています。

-最後に、今後クァルトをどんなお店にしていきたいかを聞かせてください。

カトマイ 自分がちょくちょく熱海に来ていたとき、熱海の人たちが毎回「おかえり」って言ってくれたんですよ。「いらっしゃい」でも「こんにちは」でもなく、「おかえり」。地元出身でもない私にそう言ってくれることが本当嬉しくて、いつかここで「おかえり」を言う側になろうと思っていました。 自分が「おかえり」を言える立場になった今は、地元か観光客かなどは関係なく、来てくれる人が「明日からも頑張ろう」って思ってもらえるような場所にしていきたいですね。

取材・文:水野綾子 写真:永田雅之

《プロフィール》 加藤麻衣(かとう・まい)/カフェ・バール・クアルト店主。 1984年、神奈川県生まれ。学生のときにアルバイトしていたイタリアン・バールに衝撃を受け、いつか自分のお店を持ちたいと思うように。2016年11月に熱海へ移住。2017年8月には、熱海銀座通りに「カフェ・バール・クァルト」をオープン。創業支援プログラム「99℃〜Startup Program for ATAMI2030〜」第一期生。

 

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